核酸医薬・RNA関連

核酸医薬・RNA microRNAと疾患(全体像)[★★]、microRNAとがん [★★★]

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microRNAはタンパク質をコードしていないノンコーディングRNA(ncRNA)の一種であり、RNAiと同様のメカニズムにより、特定のmRNAのタンパク質への翻訳を抑制する機能性RNAです。
(図の説明は前回の記事を参照ください)



ヒトの生体内においては数千種類ものmicroRNAが機能しているとされており、microRNAはがん、心血管疾患、神経変性疾患といった多くの疾患とも関与していることが報告されています。
今回からは何回かに分けて、microRNAの疾患への関与と、microRNAを標的とした創薬について紹介します。
(siRNAの詳細については、microRNA関連の話が終わってからとさせていただきます)

生体内は約10万種類存在するタンパク質により制御されており、特定のタンパク質の機能が亢進もしくは低下することで生体内のバランスが崩れると、それが疾患という形であらわれてきます。
これまでに開発された薬(低分子薬、抗体医薬)の多くは、特定の疾患において、生体内のバランスが崩れる原因となっているタンパク質を標的とし、その機能を抑制するという観点から開発されてきました。

現在ではmicroRNAもタンパク質と同じように生体内を制御していることが明らかとなり、特定のmicroRNAの機能が亢進もしくは低下することによっても生体内のバランスが崩れ、疾患につながるということが分かってきました。
このことから、microRNA自体が創薬の標的となり、特定のmicroRNAの量が枯渇した場合にはmicroRNAを補充するという戦略が考えられ、特定のmicroRNAの量が増加した場合には、そのmicroRNAをアンチセンスなどにより阻害するという戦略が考えられています。

それでは、microRNAと疾患について主なものを紹介していきたいと思いますが、まずはがんについて取り上げてみたいと思います。

がん細胞は正常の細胞と異なり、無限に増殖し、浸潤・転移することで、さまざまな組織や臓器を破壊していきます。
がんのホールマーク(特徴)としては細胞増殖の亢進、アポトーシス(細胞死)の回避、血管新生、浸潤、転移といったものがありますが、これらにmicroRNAが関与することが明らかとなってきました[下図参照、参考文献1)]。
ホールマークを抑制してがんの発生や進行を妨げているmicroRNA(tumor suppressor miRNAs)もあれば、逆にがんを促進させるmicroRNA(oncogenic miRNAs; oncomiRsと呼ばれる)もあります。
がん細胞では、がんの抑制に関与するtumor suppressor miRNAsが減少し、がんの促進に関与するoncomiRsが増加する傾向があることから、これらのmicroRNAを標的とした創薬が試みられています。

~補足 microRNA記載上の区別~
microRNAは「miR-34」のように番号で区別されており、この番号はmicroRNAのデータベース「miRBase(http://www.mirbase.org/)」 への登録順で割り当てられています。
「miR-16-1」 のように、「-1」とハイフンの後に数字がつくことがありますが、これは異なる場所で発現した、異なる前駆体から同一のmicroRNAが得られる場合にそれらを区別するために付加されます。
「miR-23b」のようにアルファベット(a、b、cなど)が最後につくことがありますが、これは類似したmicroRNAをa、b、cなどのアルファベットで区別しています。
また、「miR-25-3p」、「miR-136-5p」のように、「-3p」や「-5p」が付加されることがありますが、これは同じprecursor microRNA(pre-microRNA)の3’側および5’側から2つの異なるmicroRNAが生成する場合に付加して区別しています。
なお、初期に発見された「let-7ファミリー」などのmicroRNAは「miR-番号」とは記載されず、元の「let-7」などの表記がそのまま使用されています。
[参考文献2, 3)]
~補足 ここまで~

がん細胞が免疫から回避する能力を有していることもホールマークの一つです。がん細胞はPD-L1というタンパク質を発現することで、免疫細胞であるT細胞を不活性化させますが、この機序にもmicroRNAが関与することが分かってきています[参考文献2)]。

※がんと免疫については、以下の記事も参照ください。
<トピックス> がん免疫療法について(2018年ノーベル賞の話題) [★~★★]

それでは、がんの抑制に関与するmicroRNA(tumor suppressor miRNAs)と、がんの促進に関与するmicroRNA(oncomiRs)について、代表的な例を挙げてみます。

~補足 がんに関与するmicroRNAの紹介に入る前に~
この後の説明で、細胞増殖、細胞周期、アポトーシス(細胞死)などに関わる因子(タンパク質)や、がん遺伝子、がん抑制遺伝子などが出てきますが、唐突に各因子名が出てきて分かりにくいかと思います。
そこで、この後の説明で記載した因子のいくつかを補足として先に取り上げました。
(本来は一つ一つのがんのホールマークについて説明したいところではありますが、今回はこの程度に留めさせていただきます)

●細胞増殖、細胞周期に関わる因子
がん細胞では細胞増殖を促進するタンパク質を多く発現し、逆に細胞増殖を抑制するタンパク質の発現が低下しています。また、細胞周期を早め、細胞増殖のスピードをあげています。
PTEN…細胞増殖を抑制するタンパク質の一つ(がん抑制遺伝子の一つとされている)
p21…細胞周期を停滞させ、細胞増殖を抑制するタンパク質の一つ(がん抑制遺伝子の一つとされている)
CDK(cyclin-dependent kinases)…細胞周期の促進に関わるタンパク質

●アポトーシス(細胞死)に関わる因子
がん細胞ではアポトーシス(細胞死)を回避して、細胞を生存させようとするため、アポトーシスを抑制するタンパク質を多く発現しています。逆にアポトーシスを促進するタンパク質の発現が低下しています。
Bcl-2…アポトーシスを抑制するタンパク質の一つ
Bim…アポトーシスを促進するタンパク質の一つ
PDCD4(Programmed Cell Death 4)…アポトーシスを促進するタンパク質の一つ(がん抑制遺伝子の一つとされている)

●血管新生に関わる因子
がん細胞では血管新生を促進するタンパク質を多く発現し、逆に血管新生を抑制するタンパク質の発現が低下しています。
TSP-1(Thrombospondin-1)…血管新生を抑制するタンパク質の一つ

●がん遺伝子、がん抑制遺伝子
がんの発症や進行に関わる遺伝子です。
「がん遺伝子」はがんを促進する遺伝子で、がん細胞の増殖や腫瘍形成を促進します。
「がん抑制遺伝子」はその名の通り、がんを抑制する遺伝子であり、細胞増殖を抑制するなどで、がんの発症・進行を抑制します。
がん遺伝子…Ras、Mycなど
がん抑制遺伝子…p53、p21、PTEN、PDCD4(Programmed Cell Death 4)など
(実際に働くのは、がん遺伝子、がん抑制遺伝子をもとに発現したタンパク質です。これらのタンパク質を「がん遺伝子産物」、「がん抑制遺伝子産物」と呼びます)

免疫回避に関わる因子
先に説明しましたが、がんは免疫から回避する能力を有しています。
PD-L1…免疫から逃れるためにがん細胞が発現させているタンパク質
~補足 がんに関与するmicroRNAの紹介に入る前に ここまで~

がんの抑制に関与するmicroRNA(tumor suppressor miRNAs)の例
がん細胞では、以下の例に挙げたようながんの抑制に関与するtumor suppressor miRNAsの発現が低下しています。

①miR-15a/miR-16-1 [参考文献1, 4, 5)]
miR-15a/miR-16-1は、がんの抑制に関与するtumor suppressor miRNAsとして初めて報告されたものです。
miR-15a/miR-16-1はアポトーシス(細胞死)を抑制するタンパク質であるBcl-2の発現を抑制することでアポトーシスを促進し、がんを抑制するとされています。
慢性リンパ性白血病では、miR-15a/miR-16-1の発現が低下し、Bcl-2の発現が上昇していることが報告されており、それによりアポトーシスが起こりにくくなっている(細胞が死ににくくなっている)と考えられています。
なお、miR-15aとmiR-16-1はこの後紹介するmiR-17-92クラスターと同様に、DNAから転写された1つのprimary microRNA(pri-miRNA)上に存在しています(クラスターを形成)。

②let-7 [参考文献1, 4)]
microRNAとして初めに発見されたlet-7もがんの抑制に関与するtumor suppressor miRNAsの一つです。
let-7はがん遺伝子であるRasの翻訳を抑制します。
(Ras遺伝子は変異することにより、がんの増殖が促進されます。多くのがんにおいて、Ras遺伝子の変異が認められています)。
肺がんにおいてはlet-7の発現が低下していることが報告されており、また肺がん細胞を用いた実験では、let-7を増加させると、がん細胞の増殖が抑制されることが示されています。
let-7は肺がん以外にも、乳癌、結腸がん、卵巣がんなどのさまざまながんで発現が低下していることが報告されています。

③miR-34 [参考文献1, 4, 6, 7, 8)]
miR-34はがん抑制遺伝子であるp53により誘導されるmicroRNAで、細胞周期の促進に関わるCDK(cyclin-dependent kinases)や、アポトーシス(細胞死)の抑制に関わるBcl-2、細胞増殖や細胞浸潤に関わるNotchなどの発現を抑制することで、がんを抑制するとされています。
また、miR-34はがんの免疫回避に関与するPD-L1の発現を抑制することも報告されています。
肺がん、乳がん、結腸がんなど多くのがんで、miR-34の発現が低下していることが報告されています。

がんの促進に関与するmicroRNA(oncomiRs)の例
がん細胞では、以下の例に挙げたようながんの促進に関与するoncomiRsの発現が亢進しています。

①miR-17-92クラスター [参考文献1, 4, 9)]
6種類のmicroRNA(miR-17, miR-18a, miR-19a, miR-19b, miR-20a, miR-92a)はDNAから転写された1つのprimary microRNA(pri-miRNA)上に存在しており、これらのmicroRNAの集団はmiR-17-92クラスターと呼ばれています。
miR-17-92クラスターはB細胞リンパ腫、小細胞肺がんなど、さまざまながんで過剰に発現し、がんを促進するとされています。
miR-17-92クラスターのmicroRNAは、細胞増殖の促進、アポトーシス(細胞死)の抑制、血管新生の促進に関与することが報告されており、下の図に示したがんの抑制に関与するタンパク質の発現を抑制することで、がんを促進するとされています。
なお、miR-17-92クラスターは、がん遺伝子産物であるMycによってその発現が促進されることが報告されています。

②miR-21 [参考文献1, 4, 10)]
miR-21は多くのがんに関与しており、乳がん、胃がん、結腸がん、肺がん、すい臓がん、卵巣がんなどで高く発現していることが報告されています。
miR-21はがんの細胞増殖を促進し、アポトーシス(細胞死)を抑制します。また、がんの転移の促進、抗がん治療への耐性にも関与していると言われています。
miR-21の主な標的は、細胞増殖を抑制するPTENとアポトーシスを促進するPDCD4(Programmed Cell Death 4)です。miR-21はPTENの発現を抑制することで細胞増殖を促進し、PDCD4の発現を抑制することでアポトーシスを抑制するとされています。
(PTENとPDCD4の遺伝子は、いずれもがん抑制遺伝子とされているものです)
なお、PTENは通常PI3K/Akt経路の活性化を抑制することで細胞増殖を抑制しますが、がん細胞が抗がん治療への耐性を有する要因として、PI3K/Akt経路が活性化することがよく知られており、そこにmiR-21が寄与しています。

以上、がんの抑制に関与するmicroRNA(tumor suppressor miRNAs)と、がんの促進に関与するmicroRNA(oncomiRs)について、代表的なものを紹介しました。
microRNAを標的としたがんの治療として、がんで発現が低下しているmicroRNA(tumor suppressor miRNAs)に対しては、そのmicroRNAを補充するという戦略が考えられ、がんで発現が亢進したmicroRNA(oncomiRs)に対しては、そのmicroRNAをアンチセンスなどにより阻害するという戦略が考えられます。
現在、microRNAを標的としたさまざまな創薬について報告されていますが、臨床試験までたどりついたものについて、一覧で紹介します。


miR-34とmiR-16は先に紹介したがんの抑制に関与するtumor suppressor miRNAsであり、がんで発現が低下しています。
miR-34に対するMRX34、miR-16に対するMesomiR-1は、それぞれ各microRNAのミミック(模倣したもの)であり、発現低下しているmicroRNAを補充してがんを抑制する、という観点から開発されています[参考文献1, 11)]。

一方、miR-155とmiR-10bはがんの促進に関与するoncomiRsであり、がんで発現が増強しています。
miR-155に対するCobomarsen(MRG-106)、miR-10bに対するRGLS5579は、それぞれ各microRNAに対するアンチセンスであり、発現が増強しているmicroRNAを阻害してがんを抑制する、という観点から開発されています[参考文献1, 11)]。
なお、miR-155はリンパ腫に発現し、がんの増殖や生存に関与するmicroRNAであり、miR-10bは脳におけるグリオーマ(神経膠腫)の遊走や浸潤、転移に関与しているmicroRNAです[参考文献1)]。

以上、microRNAと疾患について、今回はがんについて取り上げ、microRNAの疾患への関与から、治療薬開発の話まで、幅広く紹介しました。
次回は、この流れに続いて、microRNAに対する創薬について紹介したいと思います。

参考文献
1) Menon A et al. Int J Mol Sci 2022; 23(19): 11502. miRNA: A Promising Therapeutic Target in Cancer
2) He B et al. Int J Biol Sci 2020; 16(14): 2628-2647. miRNA-based biomarkers, therapies, and resistance in Cancer
3) 神人正寿. Jpn J Clin Immunol 2011; 34(6): 439-446. 自己免疫疾患とmicroRNA
4) Fu Z et al. Front Pharmacol 2021; 12: 736323. MicroRNA as an Important Target for Anticancer Drug Development
5) 梅村創. 生体資料分析 2016; 39(5): 311-320. マイクロRNA解析の臨床応用
6) Hermeking H. Cell Death Differ 2010; 17(2):193-199. The miR-34 family in cancer and apoptosis
7) Yin M et al. Cancer Med 2023; 12(10): 11602–11610. Anti‐tumor effects of miR‐34a by regulating immune cells in the tumor microenvironment
8) Cortez MA et al. J Natl Cancer Inst 2016; 108(1): djv303. PDL1 Regulation by p53 via miR-34
9) Olive V et al. Int J Biochem Cell Biol 2010; 42(8): 1348-1354. mir-17-92, a cluster of miRNAs in the midst of the cancer network
10) Chen J et al. Ann Transl Med 2015; 3(21): 330. The critical roles of miR-21 in anti-cancer effects of curcumin
11) Liang L et al. Precis Cancer Med 2021; 4: 33. A narrative review of microRNA therapeutics: understanding the future of microRNA research.

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