核酸医薬・RNA関連

核酸医薬・RNA microRNAを標的とした創薬①(全体像、microRNA枯渇に対する創薬) [★★★]

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能登半島地震において被災された皆様ならびにご家族の皆様に心よりお見舞い申し上げます。
被災地の皆さまの安全と1日も早い復旧を心よりお祈り申し上げます。
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前回はmicroRNAの疾患への関与について、特にがんについて取り上げました。
その中で、特定のmicroRNAの量が枯渇した場合にはmicroRNAを補充するという戦略が考えられ、特定のmicroRNAの量が増加した場合には、そのmicroRNAをアンチセンスなどにより阻害するという戦略が考えられていることを紹介しました。

加えて、がん領域において臨床試験まで進んでいる薬の候補ついて簡単に触れました。
●がんの抑制に関与するtumor suppressor miRNAsの発現低下(枯渇)に対して開発されたmicroRNA mimic…miR-34に対するMRX34、miR-16に対するMesomiR-1
●がんの促進に関与するoncomiRsに対して開発されたアンチセンス…miR-155に対するCobomarsen(MRG-106)、miR-10bに対するRGLS5579

このように、microRNAに対する創薬においては、microRNA mimic、microRNAに対するアンチセンス、といった核酸医薬が開発の中心となっておりますが、その他にも低分子化合物や遺伝子治療薬についても研究報告がされています。
そこで、これらの知見について少しずつ見ていきたいと思います。
今回はmicroRNAを標的とした創薬の全体像と、microRNA枯渇に対する創薬について紹介します。

それでは、まず全体像をお示しします。

microRNAが枯渇した場合の創薬手法と、microRNAが増加した場合の創薬手法について、以下の包括的なレビュー論文で紹介されているものを取り上げました。
・Fu Z et al. Front Pharmacol 2021; 12: 736323. MicroRNA as an Important Target for Anticancer Drug Development
・Menon A et al. Int J Mol Sci 2022; 23(19): 11502. miRNA: A Promising Therapeutic Target in Cancer

臨床的に実現可能性が低いものも含まれると思いますが、理論的に想定される手法が紹介されています。
microRNAの枯渇に対してはmicroRNA mimic以外に、枯渇したmicroRNAを増強させることのできる低分子化合物について研究報告がされています。
一方、microRNAの増加に対しては、microRNAに対するアンチセンス以外に、microRNAスポンジ(遺伝子治療薬候補の一種)、microRNAマスキング、microRNAの発現や機能を抑制する低分子化合物などについて研究報告がされています。
以上がmicroRNAに対する創薬の全体像となります。

それでは、各論に入っていきます。今回はmicroRNA枯渇に対する創薬についてです。

microRNA枯渇に対する創薬手法①:microRNA mimic
microRNA mimicは特定のmicroRNAを模倣し、そのmicroRNAと同じ機能を発揮するように作られた二本鎖RNAです。
microRNA mimicの設計においては、摸倣したいmicroRNAの配列をmicroRNAのデータベースであるmiRBase(https://mirbase.org/)から取得し、ガイド鎖とします。
パッセンジャー鎖はガイド鎖と相補的な配列となるように設計します。

microRNA mimicは各試薬会社が受託サービスを行っており、上記miRBaseから取得した配列などを連絡することで、研究用試薬として合成してもらうことができます。
ただ、各社全く同じmicroRNA mimicではなく、いくつかの工夫がなされています。

RNAは生体内で分解を受けやすく、不安定なものであるため、安定化させるために化学修飾を行うことがあります。
化学修飾は、「アンチセンスの化学修飾」の記事で紹介したようなものが用いられます。

核酸医薬 アンチセンスの化学修飾、承認されたRNaseH依存型アンチセンス [★★★]

また、パッセンジャー鎖によるオフターゲット効果を防ぐための工夫がなされることがあります。
二本鎖のmicroRNAは、ガイド鎖が標的のmRNAに結合し、そのmRNAの翻訳を抑制しますが、パッセンジャー鎖が結合可能なmRNA存在する場合(特定のmRNAにパッセンジャー鎖の相補配列が含まれる場合)、パッセンジャー鎖がmicroRNAとして働いてしまい、想定しないmRNAの翻訳を抑制してしまう可能性があります。
(この想定しない効果を「オフターゲット効果」といいます。オフターゲット効果については以下の記事で説明しています)

核酸医薬 RNaseH依存型アンチセンス②(配列設計) [★★★]

パッセンジャー鎖によるオフターゲット効果を防ぐため、パッセンジャー鎖が作用しないような化学修飾が加えられたり、パッセンジャー鎖を2つに分割したりする工夫がなされることがあります。

加えてmicroRNAがRISCに取り込まれやすくするために、ガイド鎖やパッセンジャー鎖の5’末端を修飾するなど工夫がなされることがあります。
(microRNAはAgoなどのタンパク質とRISCを形成することで効果を発現します。詳しくは前回、前々回の記事を参考ください)

microRNA mimicの本体となる2本鎖RNAについてはこのような工夫がなされて作成されるのですが、もう一点考慮しなければならない重要なことがあります。
核酸医薬共通の大きな課題(テーマ)でありますので、今後予定しているsiRNAの紹介記事に合わせて少し深堀して取り上げようと思いますが、核酸医薬では薬物を標的の臓器に届けるためのDrug Delivery System(DDS、薬物送達システム)の工夫が必要となります。

生体内に投与された核酸医薬が効果を発揮するためには、生体内の分解機構を回避して、標的の臓器に辿り着かなければなりません。
その実現のために、さまざまなDDSの開発が行われています。

以前は核酸医薬に対するDDS開発の難しさから、研究開発を断念せざるを得なかった企業もあったようですが、DDSの開発が進んだこともあり、2016年以降は新たな核酸医薬が次々と承認されるようになってきました。

核酸医薬でよく用いられるDDSとしてはLNP(脂質ナノ粒子)やGalNAc(N-アセチルガラクトサミン)があります。
詳細は今後の記事で紹介しようと思いますが、LNPとGalNAcは特に肝臓に到達しやすくするためのDDSであり、これまでに承認された核酸医薬の多くで用いられています。

microRNA mimicとして臨床開発が進められているmiR-34に対するMRX34では直径約110nm(ナノメートル)のLNPが用いられています(Beg MS et al. Invest New Drugs 2017; 35(2): 180–188)。
一方、miR-16に対するMesomiR-1ではEnGeneIC Delivery Vehicles(EDV)と呼ばれるDDSが用いられています(Reid G et al. Epigenomics 2016; 8(8): 1079-1085)。EDVはがん細胞表面の受容体に特異的に結合できるように設計されているバブル型の(外観が泡やバブルに似ている)ナノ粒子であり、正常細胞には影響を与えずにがん細胞のみを破壊することを目的として使用されています。

以上、microRNA mimicについて概要を説明しました。
続いて低分子化合物の研究報告について紹介していきます。

microRNA枯渇に対する創薬手法②:低分子化合物
枯渇したmicroRNAを増強させることのできる低分子化合物について2つ紹介します。

●enoxacinによるmicroRNAのプロセシング促進(Melo S et al. PNAS 2011; 108(11): 4394-4399)
1つ目はenoxacin(エノキサシン)という化合物で、microRNAのプロセシングに関わるタンパク質であるTRBP(TAR RNA-binding protein 2)に結合することで、microRNAの機能を促進することが報告されています。
RISC形成過程においてはDicerによってpre-miRNAがmiRNA-miRNA duplexにプロセシングされますが、TRBPはDicerと結合することで、このプロセシングを促進します。
enoxacinはTRBPに結合することで、TRBPのDicerとの結合を促進し、その結果「pre-miRNA→miRNA-miRNA duplex」のプロセシングを促進するということです。

こちらの報告では、細胞を用いた実験およびマウスモデルにおいて、enoxacinによる抗腫瘍効果が示されており、enoxacinがmicroRNAの機能を増強することで抗腫瘍効果を示すことが示唆されました。

●DNAメチル化阻害剤によるmicroRNAの転写促進(Fu Z et al. Front Pharmacol 2021; 12: 736323、Lujambio A et al. 2007; 67(4): 1424-1429)
2つ目はDNA→microRNAの転写を促進する薬剤についてです。
microRNAに関わらず、DNAからRNAへの転写はさまざまな因子によって制御されており、その制御機構の一つに「DNAのメチル化」があります。
DNAには「CG」の配列が集中して存在する「CpGアイランド」と呼ばれる領域があり、DNAプロモーター上にあるCpGアイランドのCがメチル化されると、DNA→RNAの転写が抑制されます。
(CpGアイランドのメチル化の程度によって、転写の量が制御されています)

~用語解説~
DNAプロモーター:DNA上の各遺伝子の転写開始に関与する領域で、転写開始部位を含む
~用語解説 ここまで~

なお、がん細胞ではCpGアイランドが異常にメチル化され、がん抑制遺伝子の転写が抑制されています。

このCpGアイランドのメチル化を抑制する化合物として「5-AZA(5-アザシチジン)」が知られていますが、こちらの報告では、5-AZAによりがん細胞でのDNAのメチル化を抑制することで、特定のmicroRNAの発現が向上することが示されています。

5-AZAは骨髄異形成症候群(がんの一種)に対して既に臨床的に使用されている薬剤であり、DNAメチル化の抑制がその作用機序の一つとされていますが、こちらの報告を鑑みると、DNAメチル化の抑制による特定のmicroRNAの発現向上が、抗腫瘍効果に寄与していることが想定されます。

以上、枯渇したmicroRNAを増強させることのできる低分子化合物についての紹介となります。

今回は、microRNAを標的とした創薬手法の全体像をお示ししたうえで、microRNA枯渇に対する創薬手法としてmicroRNA mimic、そして低分子化合物の報告を紹介しました。

次回はこの続きで、microRNAの増加に対する創薬手法について紹介していきます。

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