前回はRNaseH依存型アンチセンスの概要を説明しました。
アンチセンスは20塩基程度の短い配列が設計されて用いられるのですが、この配列はどのような点に注意して決められるのでしょうか?
今回はその配列設計について説明していきます。
①標的mRNAの二次構造
RNAは一本鎖であるため、直線上に伸びているような印象を持つかもしれませんが、通常RNAは一本鎖の中で相互作用し(ハイブリダイズ)、二次構造を形成しています。
(DNAやRNAの鎖が二本鎖を形成することを「ハイブリダイズ」(動詞)、「ハイブリダイゼーション」(名詞)といいます)
アンチセンスはmRNAの一本鎖領域に結合して二本鎖を形成しますので、mRNAが二本鎖を形成している領域を標的としてしまうと、アンチセンスがmRNAに結合しにくくなることが想定されます。
よって、mRNAの二次構造がどのように形成されているかを事前に予測し、一本鎖構造の部分を標的として選択することが好ましいとされています。
mRNAの二次構造の予測には、mfoldなどのソフトウェアが利用されます。
mfold
http://www.unafold.org/mfold/applications/rna-folding-form.php
(mfoldの使い方について紹介している日本語のサイトがありましたので、詳細を知りたい方は「mfold 使い方」などで検索してみてください)
②アンチセンスの二次構造、アンチセンス間の相互作用
mRNA側のみでなく、アンチセンスの二次構造も考慮しておく必要があります。
アンチセンス自体は一本鎖DNAですが、一本鎖である以上、アンチセンス内でハイブリダイズすることがありますので、一本鎖状態を保つことのできる配列であるか、確認が必要です。
また、アンチセンス内ではなく、2つのアンチセンスが相互作用してしまうこともありますので、相補鎖となっていないかどうか、確認が必要となります。
③アンチセンスの活性に影響する配列(モチーフ)
アンチセンスの配列において、活性を向上させるモチーフ、活性を低下させるモチーフが報告されています。
活性を向上させるモチーフ
・CCAC
・TCCC
・ACTC
・GCCA
・CTCT
活性を低下させるモチーフ
・GGGG
・ACTG
・AAA
・TAA
(PS修飾アンチセンスによる検討)
※PS修飾については次回説明します
また、GまたはCの含有率が活性に影響することが報告されており、20塩基のアンチセンスの場合、11以上のGまたはCを含む場合に活性の向上がみられ、逆にGまたはCが9以下では活性の低下がみられたことが報告されています。
④アンチセンスと標的mRNAの結合親和性(Tm、結合エネルギー)
アンチセンスと標的mRNAの結合力(結合親和性)はある程度高い必要があり、Tm値や結合エネルギー(ΔG)により検討をしておく必要があります。
ただ、結合親和性が高くなりすぎると活性低下を招くとも言われており、最適な範囲に収まるような配列設計が求められます。
①~④まで、アンチセンスの標的mRNAに対する活性という観点からみてきましたが、⑤からは標的mRNA以外への好ましくない作用という観点からみていきます。
⑤毒性発現に関連する配列
CpGを含む配列
CpG(C-ホスホジエステル結合-G)を含む配列は免疫系を活性化させることが知られています。
(TLR9により認識され、自然免疫応答を誘導)
これを利用し、CpGを含む核酸を、ワクチンのアジュバント(ワクチンの効果を増強させる物質)として応用する開発や、抗腫瘍薬や抗アレルギー薬への開発研究も行われています。
ただ、アンチセンスとして設計する場合、このような作用を狙って開発するわけではないため、CpGを含まない配列を設計する必要があります。
肝毒性に関与する配列
詳細は分かっていませんが、架橋型人工核酸であるLNAを用いたアンチセンスにおいて、TCCやTGCを含む配列では、肝毒性のリスクが高まることが報告されています。
※架橋型人工核酸LNAについては次回説明します
⑥オフターゲット効果
アンチセンスなどの核酸医薬は20塩基程度の長さで設計されますが、長さが短いこともあり、標的としたRNA以外の、他のタンパク質をコードするRNAにも同じ配列(設計した核酸医薬が結合する配列)が含まれていることがあります。そのため、核酸医薬が標的以外のRNAに結合して予期せぬ作用を引き起こすことがあり、これを「オフターゲット効果」といいます。
(厳密には、標的としたRNAに対する作用以外の、予期しない作用全般を「オフターゲット効果」といい、配列に起因しない作用も含まれます。上記のように、配列に起因するオフターゲット効果は、正確には「ハイブリダイゼーション依存性オフターゲット効果」といいます)
配列に起因するオフターゲット効果をいかに避けるかは、核酸医薬の大きなテーマの一つとなっています。
配列に起因するオフターゲット効果を避けるためには、標的RNA上の選択した配列が、他のタンパク質をコードするRNAに含まれていないことを、BLASTなどのツールを用いて確認する必要があります。
BLAST(Basic Local Alignment Search Tool)は遺伝子配列やタンパク質のアミノ酸配列を比較可能なツールであり、NCBI(アメリカ国立生物工学情報センター)が提供しています。
BLAST
https://blast.ncbi.nlm.nih.gov/Blast.cgi
配列の確認においては、ミスマッチや欠失、挿入も含めて検討する必要があるとされていますが、検索ツールによっては見落とし(検索漏れ)を生じることが課題となっています。
この課題を解決するため、ライフサイエンス統合データベースセンター(DBCLS)は、ミスマッチや欠失、挿入が複数あるような短い配列を、できるだけ正確に漏れなく検索可能なツールとして、GGGenomeを公開しています。
GGGenome
https://gggenome.dbcls.jp/ja/
以上、アンチセンスの配列設計のために考慮すべき点について紹介しました。
核酸医薬では、タンパク質を標的とした低分子化合物の開発に比べて、標的のRNAに結合できるものを容易に設計できると以前記載しましたが、上記を考慮すると、一筋縄ではいかないことが想定されますね。
また、核酸医薬の開発はまだ始まったばかりですので、今回紹介した内容はまだまだ一端であり、今後さまざまな知見がでてくると思います。
さて、核酸は生体内で分解されやすいため、アンチセンスが生体内で安定に存在させるための工夫が必要となります。次回はそれに対処するための「アンチセンスの化学修飾」について紹介します。
<参考文献>
■全般
Jasmine HP Chan et al. Antisense oligonucleotides: from design to therapeutic application. Clin Exp Pharmacol Physiol 2006; 33(5-6): 533-540
小比賀 聡、笠原 勇矢. アンチセンス核酸医薬のデザイン戦略. 日薬理誌 2016; 148: 100-104
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今西 武、小比賀聡. アンチセンスBNA オリゴヌクレオチドを用いた遺伝子発現抑制. 日薬理誌 2002; 120: 85-90
■モチーフ
Matveeva OV et al. Identification of sequence motifs in oligonucleotides whose presence is correlated with antisense activity. Nucleic Acids Res 2000; 28(15): 2862-2865
■CpG
小檜山康司ら. CpGオリゴデオキシヌクレオチドの開発動向. 実験医学 2019; 37(1): 26-33
■GC含有率
Ho SP et al. Potent antisense oligonucleotides to the human multidrug resistance-1 mRNA are rationally selected by mapping RNA-accessible sites with oligonucleotide libraries. Nucleic Acids Res 1996; 24(10): 1901-1907
■肝毒性
Burdick AD et al. Sequence motifs associated with hepatotoxicity of locked nucleic acid–modified antisense oligonucleotides. Nucleic Acids Res 2014; 42(8): 4882-4891
■オフターゲット効果
内藤雄樹. 核酸医薬のオフターゲット効果をインシリコに予測する. 実験医学 2019; 37(1): 47-53
木下 潔ら. 既承認核酸医薬品の審査報告書を読み解く. 医薬品医療機器レギュラトリーサイエンス, PMDRS 2020; 51(2) 70-82
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