前回からsiRNA(small interfering RNA)、RNAi(RNA interference、RNA干渉)の内容に入りました。
siRNA医薬は核酸医薬として開発が進められているもので、RNAiのメカニズムを利用した薬です。
21塩基程度の長さの二本鎖RNAであるsiRNAを細胞内に導入すると、RISCを形成した後、標的となるmRNAに相補的に結合し、mRNAを切断することで、標的mRNAの翻訳を抑制するというものでした。
薬としての利用においては、翻訳を抑制したいmRNAに対して相補的なsiRNAを人工的に作製して細胞内に導入しますが、RNAiは本来、ウイルスなどの外来RNAに対する防御機構として備わっているものであると考えられています。
その機序について、上記のsiRNAの機序を少し拡張しますが、細胞内に侵入した外来二本鎖RNAをDicerというタンパク質が認識し、切断することでsiRNAを生じます(Dicerによるプロセシング)。
このsiRNAは、侵入した外来RNAの一部を切り出したものになりますので、siRNA二本鎖のうち片方の鎖は外来RNAの一部と相補的になっており(切り出した部分)、外来RNAを切断しうるsiRNAとして働きます。
siRNAが生じた後の機序は上記と同じです。
これがRNAiの生理的役割として考えられているものでありますが、世界を驚かせたのは、このRNAiと同じような機序で、元々体の中に備わっている内因性の20塩基程度の短いRNAが、生体内のタンパク質の発現を制御していることが発見されたことにあります。
この短いRNAがmicroRNA(miRNA)です。
ちょっと話が飛びますが、2004年、ヒトゲノムの解読が終了し、タンパク質をコードする遺伝子の数は、以前考えられていた10万個をはるかに下回る2万2千個程度であることが判明し、大きな話題となりました。
そして2005年にはDNAから転写される全RNA配列についても明らかにされたのですが、RNAはヒトゲノム(DNA)の90%以上の領域から転写されてできているのにもかかわらず、タンパク質をコードするRNAはそのうちたった2%程度であり、タンパク質をコードしていないRNAが圧倒的に多いことが報告されました。
(このタンパク質をコードしていないRNAを「ノンコーディングRNA(ncRNA)」と言います)
ノンコーディングRNAは、以前は何も役に立たない「ジャンク」と呼ばれてさえいましたが、ノンコーディングRNAの中に、「mRNA→タンパク質」の翻訳(mRNAの遺伝子発現)を制御するmicroRNAが存在することが見出されたのです。
microRNAはsiRNAと同じような機序で標的mRNAの翻訳を抑制しますが、多くの場合は標的mRNAと完全には相補とならず、部分的にミスマッチを生じます。
それではmicroRNA(miRNA)による遺伝子発現制御の機序について見てみます。
(下の図と照らし合わせて見てください)
まず、核内のDNAからpri-miRNA(primary miRNA)が転写されます。
このpri-miRNAはDroshaというタンパク質に切断され、pre-miRNA(precursor miRNA)となります(Droshaによるプロセシング)。
pre-miRNAはExportin-5というタンパク質により核内から細胞質に輸送された後、Dicerにより切断され、二本鎖のmiRNA(miRNA-miRNA duplex)となります。
miRNA-miRNA duplexはsiRNAの機序と同じようにAgoを含むタンパク質複合体を形成し、一本鎖となることでRISCを形成します。
(ここでリリースするRNAは、siRNAの機序とは異なり切断されません)
その後、標的mRNAにRISCが結合しますが、完全相補とはならずミスマッチを生じており、標的RNAはAgoに切断されずに翻訳が抑制されることとなります。
~RNAi(siRNA)およびmicroRNAの生理的役割 まとめ~
RNAi(siRNA)…外来RNA(ウイルスなど)に対する防御機構として働く
microRNA…生体内のさまざまなmRNAのタンパク質への翻訳を調節する(転写制御)
~ここまで~
ここで、少し補足します。
RNAi(siRNA)では標的RNAと完全に相補となるため標的RNAはRISC中のAgo2により切断される、一方でmicroRNAは標的RNAと完全相補にならずミスマッチを生じるためAgoに切断されずに標的RNAの翻訳が抑制される、と説明しましたが、RNAi(siRNA)であっても翻訳抑制の形をとる場合があります(Ago2による切断なし)。
なお、microRNAであっても完全相補となれば標的RNAが切断されますが、内因的なmicroRNAは通常は翻訳抑制の形をとるようです。
(標的RNAが切断されるのか、翻訳抑制の形をとるのかは、siRNAなのかmicroRNAなのかで決まるわけではなく、標的RNAと完全相補になるかどうかで決まる、とされています)
Ago(アルゴノートタンパク質)はAgo1~Ago4の4種類が知られており、この中で標的mRNAを切断するスライサー活性を有するのはAgo2のみであることが分かっています。
一方で、翻訳抑制ではAgo1~Ago4のいずれも関与するとされており(ヒトの場合)、翻訳抑制の形をとるmicroRNAではAgo1が強く関与し、標的RNAが切断されるsiRNAではAgo2が強く関与している可能性がありますが、どのAgoタンパク質がどの程度関与しているかについては、現在では明確になっていないようです。
なお、翻訳抑制においては、mRNAの3’非翻訳領域にmicroRNAやsiRNAが部分的に結合するとされています。
siRNAで標的mRNAが切断される場合ではそのmRNAの遺伝子発現のみが抑制されるのに対し、microRNAや一部のsiRNAで翻訳抑制の形をとる場合では複数のmRNAの遺伝子発現が抑制されるとされています。
~参考文献~
・程 久美子 RNAサイレンシングの分子機構とsiRNA分子設計. 日本核酸医薬学会誌2020; 14-22
・Filipowicz W et al. Curr Opin Struct Biol 2005; 15(3): 331-41
RNAi(siRNA)やmicroRNAは広範な臓器や細胞で働き、生物の発達や生理的なプロセスの制御に重要な役割を果たしていると考えられており、数千種類以上のmicroRNAが機能しているとされています。
また、microRNAはがん、心血管疾患、神経変性疾患など、多くの疾患にも関与しています。
ということで、核酸医薬のsiRNAから内容が離れてしまいますが、次回はmicroRNAと疾患について取り上げたいと思います。
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