今回は反復投与の話をしたいと思います。
まず下の図をみてください。
左右とも、一定の投与間隔で、薬の投与を繰り返したとします。
(経口薬の繰り返し投与としたいところですが、そうするとバイオアベイラビリティ(F)が絡んできますので、シンプルに考えるために、ここでは静脈内投与を繰り返したこととします)
左のグラフでは投与のたびに血中濃度が上がって下がってと繰り返しており、毎回同じような血中濃度で推移しています。
一方で右のグラフでは血中濃度が下がりきる前に次の投与を開始しており、血中濃度が投与のたびに上昇しています。
左の場合を「蓄積(性)なし」、右の場合は「蓄積(性)あり」といいます。
蓄積するかどうかは薬の投与間隔と血中半減期(t1/2)で決まってきます。
血中半減期(t1/2)は分布容積(Vd)と全身クリアランス(CLtot)で決まるため、薬の種類によって変わってきますが、薬の投与間隔は自由に変えることができますので、同じ薬であっても投与間隔によって蓄積するかしないかが変わってきます。
~復習~
前回まで説明しましたとおり、
血中半減期(t1/2)= 0.693/kel = 0.693×Vd / CLtot
となるので、血中半減期(t1/2)は分布容積(Vd)と全身クリアランス(CLtot)で決まります。
~復習 ここまで~
血中濃度が下がりきる前に投与すれば血中濃度はあがっていきますので、投与間隔をそのように短くすれば蓄積します。
また、血中半減期(t1/2)は薬の濃度が上がってから下がるまでの時間を表す尺度ですので、投与間隔を同じにした場合、血中半減期(t1/2)が長い薬ほど蓄積しやすいわけです。
蓄積がある場合、血中濃度はずっと上がり続けるというわけではなく、ある濃度で頭打ちとなります。この頭打ちになっている状態を「定常状態(steady state)」と呼びます。
反復投与の薬物動態試験では、薬が蓄積するのかしないのか、また蓄積するとすればどの程度の蓄積なのかが検討されます。
どの程度蓄積するのか?の指標としては「蓄積率」が算出されます。
「蓄積率」は、1回目の血中濃度に対して定常状態でどの程度血中濃度が増加するのかを示す値であり、
蓄積率=定常状態の血中濃度/投与1回目の血中濃度(%にするときは×100)
で算出されます。
なお、蓄積率を算出する際に、投与直後の最大値で比をとっても、次の投与直前の最小値で比をとっても、蓄積率は同じになります。
蓄積率から蓄積があるかないかを判断する場合、蓄積率が大体1.3(130%)を超えていれば、蓄積あり、と判断できるようです。
(こちらエビデンスが見つけられていなく、前に勉強会か何かで聞いた数値です。情報お持ちの方がいれば教えていただけると助かります)
また、蓄積するかどうかは薬の投与間隔と血中半減期(t1/2)で決まってくることを先ほど説明しましたが、蓄積率を投与間隔と血中半減期(t1/2)から理論的に算出することもできます。
(ちょっと難しいので、補足として説明しておきます。飛ばしても構いません)
(なお、蓄積率は通常、血中濃度(実測値)から算出します。この実測値から算出した蓄積率と、以下の計算式から理論的に算出した値が一致するかを検討したりします)
~補足 蓄積率の算出~
蓄積率は血中半減期(t1/2)と投与間隔τから算出することができます。
投与間隔τが血中半減期(t1/2)の何倍(n倍)になっているかをまず算出します。
τ=n×(t1/2)
となるnを算出する。
このnを用いて、蓄積率を以下の式から算出できます。
蓄積率=1/{1-(1/2)n}
~補足 ここまで~
※スマートフォンでn乗のnが一部Nと表記されてしまうようですが、nとして読み替えください(以降同様)
それではちょっと話を少し前に戻しますが、蓄積がある場合、なぜ血中濃度は上昇し続けずに頭打ちとなるのでしょうか?
血中濃度が上がるかどうかは、薬が血中に入る速度と血中から出る速度のバランスで決まります。
投与量と投与間隔を一定にしていれば、「入る速度」は常に一定であるということを前提にみていきます(詳細はこの後説明します)。
投与開始時は「入る速度(一定)」が「出る速度」に比べて圧倒的に大きく、「入る速度>出る速度」となっています。よって、このときは血中濃度が上がっていきます。
次に、血中濃度が上がっていくと、それにつれて「出る速度」があがっていきます。
投与開始してから血中濃度が頭打ちとなるまでは「入る速度>出る速度」となっているのですが、「出る速度」があがるにつれてその差が小さくなっていきます。
そして「出る速度」が「入る速度」に追いつき、「入る速度=出る速度」となった時点で血中濃度は変動しなくなり、頭打ちとなるのです。
イメージを掴んでいただいたところで、「入る速度」と「出る速度」についてもう少し詳細をみてみます。
まず速度というのは一定時間あたりの量です。
「入る速度」について、例えば100mgの薬を10時間間隔で投与した場合、投与速度は
100mg/10時間=10mg/時間
となります。
これを記号に置き換えて一般化します。
投与量をD、投与間隔をτとすると、「入る速度」は「D/τ」と表せます。
次に「出る速度」です。
「出る速度」は「薬物消失速度」と同じです。
薬物消失速度は全身クリアランス(CLtot)で定義されていることを覚えていますでしょうか?
薬物消失速度は血中濃度に比例し、その比例定数が全身クリアランス(CLtot)でした。
よって、
「出る速度」(薬物消失速度)=CLtot×血中濃度(C)
となります。
それでは、
「入る速度」=D/τ(D:投与量、τ:投与間隔)
「出る速度」=CLtot×血中濃度(C)
から「入る速度」と「出る速度」のバランスを考えてみます。
同じ薬を繰り返し投与すると仮定していますので、CLtotは一定とします(CLtotは薬の種類によって変わる値です)。
まず、投与量と投与間隔をここでは一定としますので、「入る速度」は常に一定となります。
「出る速度」ですが、CLtotを一定としていますので、血中濃度(C)に比例します。
投与はじめは血中濃度が小さいですので、「CLtot×血中濃度(C)」の値も小さく、「出る速度」は小さい状態です。
よって、投与開始直後は、
「入る速度」>「出る速度」
となるので、血中濃度は上昇していくこととなります。
投与を繰り返していくと血中濃度は上昇していきますが、それに伴い「出る速度」(=CLtot×血中濃度(C))が大きくなります(「出る速度」は血中濃度(C)に比例するから)。
よって、投与を繰り返すたびに、「出る速度」が大きくなり、「入る速度」に近づいていきます。
そしてついには、
「入る速度」=「出る速度」
となるので、血中濃度の上昇が止まり、定常状態となります。
それでは続いて定常状態についてみていきます。
定常状態における濃度(Css)ですが、上記式から求めることができます。
(ssはsteady stateからとっています)
定常状態では先の通り、「入る速度」=「出る速度」となりますので、
「入る速度」=D/τ(D:投与量、τ:投与間隔)
「出る速度」=CLtot×定常状態での血中濃度(Css) …先の式のCをCssとした
から、
D/τ=CLtot×定常状態での血中濃度(Css)
この式を変形して、
Css=(D/τ)/CLtot
となります。
全身クリアランス(CLtot)は薬によって定まる値ですので、D/τ(投与量と投与間隔)によってCssは変わってきます。
逆に言えば、設定したいCssとなるようにD/τ(投与量と投与間隔)を決めればよいことになります。
ちょっと話が切り変わったので混乱しますでしょうか?
有効性と安全性は血中濃度により決まりますので、治療効果があり、副作用があまり出ない有効治療域で治療を行う必要があります。
この有効治療域に入るように、Cssを設定する必要があり、そうなるようにD/τ(投与量と投与間隔)が定められています。
定常状態においても、投与の度に血中濃度は上がって下がるのを繰り返しますが、上がったところを「ピーク」、下がったところを「トラフ」と呼びます。
なお、先ほど式でお示ししたCssは、定常状態における血中濃度の平均値を示しています。
Css=(D/τ)/CLtot
であることから、投与量Dと投与間隔τでCssを調整することができますが、Cssは平均値であるため、このピーク、トラフが有効治療域をはみ出さないように考慮して投与量Dと投与間隔τを設定する必要もあります。
例を挙げてみますと、以下の2つはD/τが同じ値であります。
例1:D=100mg、τ=12時間(用量が少なく、投与間隔が短い)
例2;D=200mg、τ=24時間(用量が大きく、投与間隔が長い)
よって、この2つともCss(平均値)は同じ値をとるのですが、ピークとトラフは異なってきます。
特に例2のように、投与量を上げ、投与間隔を延長させる場合では、ピークとトラフの幅が広くなるため、有効治療域からはみ出さないように、投与量と投与間隔を決める必要がでてきます。
少し話が深くなりました。
それでは最後に、定常状態に到達するまでの時間についてです。
定常状態に到達するまでには、血中半減期(t1/2)の4~5倍の時間がかかります。
なぜか?については詳細は補足で記載しますので、気になる方はみてください。
~補足 定常状態に到達するまでの時間の算出~
繰り返し投与において、ある時点の血中濃度は以下のように示されます。
血中濃度=Css×[1-(1/2)n]
(Cssは定常状態の血中濃度)
nは半減期のn倍の時間を示しています。
例えば半減期が10時間の薬の場合、10時間はn=1、20時間はn=2、30時間はn=3となります。
ここで、n=1, 2, 3, 4, 5, 6 を上式に代入すると、各時間での血中濃度は以下のようになります。
n=1:血中濃度=0.5×Css
n=2:血中濃度=0.75×Css
n=3:血中濃度=0.875×Css
n=4:血中濃度=0.9375×Css
n=5:血中濃度=0.9688×Css
n=6:血中濃度=0.9844×Css
(nを増やしていくと、[1-(1/2)n]が1に近づいていく)
n=4でCssの9割を超えてきていますので、半減期の4倍を超えれば、大体定常状態に到達したといえます。
~補足 ここまで~
以上、今回は反復投与について説明しました。
色々書いていたら、すごく長くなってしまいました…。
簡単にまとめると以下にようになります。
~反復投与のまとめ~
●まとめ①
反復投与の試験では蓄積するかどうかが検討される。蓄積するかどうかは薬の投与間隔と血中半減期(t1/2)で決まる。
●まとめ②
投与はじめは「入る速度」>「出る速度」のため、血中濃度が上昇する。
血中濃度の増加により「出る速度」(CLtot×血中濃度)が大きくなり、「入る速度」=「出る速度」となった時点で定常状態(steady state)となる。
●まとめ③
蓄積率=定常状態の血中濃度/投与1回目の血中濃度(%にするときは×100)
●まとめ④
定常状態(steady state)の血中濃度Css
「入る速度」=D/τ(D:投与量、τ:投与間隔)
「出る速度」=CLtot×定常状態での血中濃度(Css)
定常状態では「入る速度」=「出る速度」であることから、
D/τ=CLtot×Css より
Css=(D/τ)/CLtot
Cssが有効治療域に入るように投与量Dと投与間隔τが設定される。
ただし、投与量Dを大きくして投与間隔τを長くする場合は、ピークとトラフの幅が大きくなるので、有効治療域をはみ出さないように注意が必要。
●まとめ⑤
定常状態には血中半減期(t1/2)の4~5倍の時間で到達する。
~まとめ ここまで~
反復投与がインタビューフォーム(IF)のどこで紹介されているかについては、図の「A」に示した「臨床試験で確認された血中濃度」に、単回投与の結果の後で記載されます(反復投与のデータがある場合は)。
さて、次回からですが、最後のパートに入っていきます。
(パートは特に設けていませんでしたが…)
前回少しお示しした、以下図の「?」の部分を導入だけ説明したいと思います。
2~3回程度になるかと思いますので、何とか年内に最後まで書ければと思っています。
それではまた。
<参考書籍>
緒方宏泰 編著 第4版 臨床薬物動態学 薬物治療の適正化のために(丸善出版)
(この書籍はまた後に紹介します)
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