核酸医薬・RNA関連

核酸医薬・RNA 環状RNAとmicroRNAスポンジ [microRNAを標的とした創薬③(microRNA増加に対する創薬②)] [★★★~★★★★]

投稿日:2025年2月24日 更新日:

昨年9月以来の投稿になってしまいました。
2024年10月にmicroRNAを発見した2人の研究者、ビクター・アンブロス博士とゲイリー・ラブカン博士がノーベル生理学・医学賞を受賞しましたが、バタバタすぎて考える余裕がありませんでした・・・。
2025年はじめの記事になりますが、改めまして本年もよろしくお願いいたします。

前回は「microRNA増加に対する創薬」について説明しましたが、その中で「microRNAスポンジ」を取り上げました。
microRNAスポンジはmicroRNAに対するアンチセンスと同様に、標的のmicroRNAに結合してmicroRNAを阻害するものですが、microRNAスポンジはmicroRNAに結合する配列を含むRNAを、プラスミドなどのベクターを用いて細胞内で発現させたものです。
また、microRNAスポンジは標的microRNAに結合する配列を複数有するように設計されることがあることを紹介しました。

このmicroRNAスポンジですが、上記のような人工的なものではなく、実際に生体内においても存在することが確認されています。
また、生体内には直鎖のRNAのみでなく、環状のRNAが存在することが明らかになっており、特定の環状RNAがmicroRNAスポンジの機能を有するという驚くべき報告がされています。

そこで今回は、はじめに環状RNAについて紹介し、そのうえで、生体内で機能する環状のmicroRNAスポンジについて紹介します。
そして最後に、microRNA増加に対する創薬手法として、人工的な環状のmicroRNAスポンジについて紹介したいと思います。

※本記事で出てくる「スプライシング」については以下を参考ください。
核酸医薬・RNA スプライシングについて [★★~★★★]

環状RNA
RNAは通常直鎖の状態で存在することがイメージされるかと思いますが、中には環状のRNAが存在します。
環状RNAは1990年代にヒトやマウスにおいて発見されていましたが、当時、環状RNAはスプライシングのエラーで生じる副産物であり、発現量も低いとされていたことから機能を持たないものであると考えられていました。
近年(2010年~)では、環状RNAの中には生理学的機能を有するものがあるとの報告がされるようになってきました。例えば、環状RNAがmRNAの発現を調節する、また動脈硬化に関連するといったことが報告され、環状RNAが脚光を浴びてきました。

そのような中、環状RNAが生体内でどのように形成されるのか?という研究報告もなされるようになりました。
全ての形成過程は証明されてはおりませんが、一つの形成過程として、バックスプライシングによって起こることが報告されています。
下図に例示しましたが、スプライシングにおいてエキソンが直鎖につながる場合もあれば、バックスプライシングによって環状化する場合もあることが明らかとなっています。

それでは、どのような場合にこのバックスプライシングが起こるかということですが、環を形成するエキソンに隣接する左右のイントロンに、互いに相補的な配列が存在する場合、それらが結合して環状化が促進すると考えられています。

左右のイントロンに含む相補的な配列について、ALUリピートと呼ばれる反復配列が相補的に結合してバックスプライシングが起こる可能性があると報告されていますが、人工的に検討した結果からは、ALUリピートの配列でなくても、左右のイントロンに相補的な配列が含まれればバックスプライシングが起こることが示されています(詳しく知りたい方はCell 2014; 159: 134-147 Figure 3を参照ください)。

なお、これは環状RNAが生成する機序の一例で、他の機序も考察されています。

以上、環状RNAについて紹介しました。

生体内で機能する環状microRNAスポンジ
続いて、生体内で機能する環状microRNAスポンジに話題を移します。
2013年にNature誌において、2つの研究グループから、microRNAスポンジとして機能する環状RNAが報告されました(Memczak S et al. Nature 2013; 495: 333-338、Hansen TB et al. Nature 2013; 495: 384-388)。
両者が報告したmicroRNAスポンジは同一のもので、miR-7の結合部位を70程度有する環状microRNAスポンジとして報告されました。
(以下Memczak Sらが報告した環状microRNAスポンジ「CDR1as」と、Hansen TBらが報告した環状microRNAスポンジ「ciRS-7」は同一のものです)

<Memczak Sらの報告>
Memczak Sらは、ヒトの細胞から1950個の環状RNAを検出した後、microRNAの結合部位を複数有する環状RNAを抽出し、その中には極端に多くmicroRNAの結合部位を有する環状RNA CDR1asが存在することを発見しました。
CDR1asはmiR-7の結合部位を74ヵ所有しており、細胞レベルでの検討で、CDR1asをノックダウンさせることで(CDR1asの発現量を低下させる)、miR-7が過剰に働くようになり、miR-7の標的遺伝子の発現が低下することが明らかとなりました。

次に、CDR1asがどの組織でmiR-7に作用するかを検討するために、マウスを用いてCDR1asとmiR-7が共局在する部位を検討したところ、CDR1asとmiR-7は発達中のマウスの胚脳(特に中脳)で共に高く発現することが確認されました。

さらに、CDR1asの脳での機能を調べるため、miR-7は発現するもののCDR1asを発現しないゼブラフィッシュを用いた検討が行われました。
前実験として、ゼブラフィッシュにmiR-7の発現を抑制するモルフォリノ(アンチセンスの一種)を注入したところ中脳の縮小が観察されました。その結果を踏まえ、CDR1asをゼブラフィッシュに人為的に発現させたところ、miR-7に対するモルフォリノによる作用と同様に、中脳の縮小が観察されました。
この結果から、CDR1asは中脳においてmiR-7に対するスポンジとして機能しており、脳の発達に重要な役割を果たすことが示唆されました。

<Hansen TBらの報告>
Hansen TBらはヒトおよびマウスの脳に高発現する環状RNA ciRS-7を解析し、miR-7の結合部位を73ヵ所有することを見出しました。
そして、ciRS-7とmiR-7はマウス大脳のニューロンで共発現していること、また細胞レベルでの検討により、ciRS-7とmiR-7を共に発現させた場合、miR-7を単独で発現させた場合に比べて、miR-7の標的遺伝子の発現が上昇することを示しました。
また、Hansen TBらはこの環状RNA ciRS-7がmiR-671の標的であることを本報告以前に示しておりましたが、ciRS-7、miR-7と共にmiR-671を発現させることで、miR-7の標的遺伝子に対する抑制作用が回復することを示しました。


以上、生体内で機能する環状microRNAスポンジについて、Memczak SらとHansen TBらの報告内容を紹介しました。
2つのグループからの結果はやや異なっていますが(例えばMemczak SらはCDR1asとmiR-7は胚脳(特に中脳)で共発現するとしている一方で、Hansen TBらはciRS-7とmiR-7大脳のニューロンで共発現するとしている)、発生段階や組織の違い、実験手法の違いによって差が出た可能性が考えられます。

またMemczak Sらの報告では、環状microRNAスポンジであるCDR1asがゼブラフィッシュの中脳を縮小させたことから、脳の発達に悪影響を及ぼすのでは?と感じる方もいるかと思いますが、この報告ではCDR1asがmiR-7のスポンジとして働くことを示したまでです(miR-7の発現を抑制するモルフォリノ(アンチセンスの一種)と同様の結果を得たことにより)。
miR-7とCDR1asはどちらが多くても少なくてもよくなく、互いに量的バランスをとりながら機能すべきものと考えます。

人工的に設計された環状microRNAスポンジ
最後に、microRNA増加に対する創薬手法として、人工的な環状microRNAスポンジについて紹介します。
Shu YiらはmicroRNA結合部位を有する環状microRNAスポンジを設計し、その効果について細胞やマウスを用いて検討しました(Shu Yi et al. Mol Ther Nucleic Acids 2018; 13: 556-567)。

なぜわざわざ環状にしているかですが、環状RNAは直鎖のRNAに比べて安定性が非常に高いという性質があり、より効果的に作用できる可能性があるためです。
(RNAはDNAに比べて非常に不安定で、分解されやすい性質があります)

Shu Yiらは標的microRNAの結合部位を有し、バックスプライシングにより環状化を起こせるようなベクターを設計しました。
(こちらの文献、改変が不可となっておりますので、論文のFigureを丸ごと掲載します)

上図の説明をしますので、まず①から見てください。
①のCimiR(緑色の部分)に着目してください(それ以外は無視してください)。この部分を拡大したのが②の部分です。
中央の「AntamiR」に標的microRNAに対する結合部位を設置しています。
左右にある「Invert repeat」は相補的に結合可能な配列で、それによってバックスプライシングが誘導されるように設計しています。
また、スプライシングを起こす必要がありますので、②にはスプライシングに必須な部位であるブランチ部位(B)、ポリミリミジントラック(ppy)、アクセプター部位(A)、ドナー部位(D)を設置しています。

①②はDNAであり、細胞内で転写されることで③のpre-mRNAが生成されます。
そして、③がバックスプライシングされることで、④のように環状のRNAが生成される仕組みとなっています。

図の一番上の⑤ですが、こちらは②の左の部分を削除したもので(Invert repeatからAまでを削除)、環状化されずに直鎖のRNAを生じるものです(環状RNAと直鎖RNAの作用を比較するものとして用いています)。
(「CimiR」の「Ci」は「Circular(環状)」、「LimiR」の「Li」は「Linear(直鎖)」を示している)

Shu Yiらはこの仕組みにより環状RNAが実際に生成できることを示したうえで、がんの促進に関与するmicroRNA(OncomiR)であるmiR-223およびmiR-21に対する環状microRNAスポンジの効果を検討しています。
miR-223は白血病に関連するmicroRNAで、miR-21は乳がんなどに関連するmicroRNAです。

※miR-21については以下の記事で説明していますので参考ください。
核酸医薬・RNA microRNAと疾患(全体像)[★★]、microRNAとがん [★★★]

なお、いずれのmicroRNAスポンジも、前回紹介した直鎖のmicroRNAスポンジのように、標的のmicroRNAと部分的にミスマッチを生じる、バルジ構造を形成するように設計されました。

※前回の記事は以下を参考ください。
核酸医薬・RNA microRNAを標的とした創薬②(microRNA増加に対する創薬①) [★★★]

miR-223に対する環状microRNAスポンジの効果については、ヒトTリンパ球系白血病細胞であるJurkat細胞およびCCRF-CEM細胞を用いて検討されました。
その結果、miR-223に対する環状microRNAスポンジは、両細胞においてmiR-223の標的mRNAであるFBXW7およびRHOBの発現を上昇させること、またこれらの細胞の細胞死(アポトーシス)を誘導するが示されました。


次にmiR-21に対する環状microRNAスポンジの効果については、乳がん細胞であるMCF7細胞およびSKBR3細胞を用いて検討されました。
その結果、miR-21に対する環状microRNAスポンジは、MCF7細胞ではmiR-21の標的mRNAであるBCL2、PDCD4、RASGRP、TGFB1の発現を上昇させ、SKBR3細胞ではmiR-21の標的mRNAであるBCL2、PDCD4、PTEN、RASGRP、TGFB1の発現を上昇させることが示されました。
そして、これらの細胞の細胞増殖(コロニー形成)を抑制することが示されました。


※BCL2、PDCD4、PTENについては以下の記事で説明していますので参考ください。
核酸医薬・RNA microRNAと疾患(全体像)[★★]、microRNAとがん [★★★]

miR-21に対するmicroRNAスポンジについては、マウスを用いた検討も行われています。
miR-21に対する環状microRNAを発現させたSKBR3細胞と、発現させないSKBR3細胞をマウスの皮下に移植し、腫瘍の成長を比較したところ、microRNAスポンジを発現させた方の腫瘍サイズが明らかに小さいことが示されました。

以上がmicroRNA増加に対する創薬手法の一つである、人工的に設計された環状microRNAスポンジについての報告の紹介となります。

今回は環状RNA、生体内で機能する環状microRNAスポンジ、人工的に設計された環状microRNAスポンジと、幅広く紹介しました。
主に論文の内容の紹介でしたので、発展的な内容で理解難易度が高かったかと思いますがいかがでしたでしょうか?(難易度★★★~★★★★としました)
ユニークな内容ですので、楽しんでいただけたら幸いです。

次回も引き続き、microRNA増加に対する創薬について紹介していきたいと思います。

参考文献
環状RNA
・Zhang XO et al. Cell 2014; 159: 134-147. Complementary sequence-mediated exon circularization.

生体内で機能する環状microRNAスポンジ
・Memczak S et al. Nature 2013; 495: 333-338. Circular RNAs are a large class of animal RNAs with regulatory potency.
・Hansen TB et al. Nature 2013; 495: 384-388. Natural RNA circles function as efficient microRNA sponges.

人工的に設計された環状microRNAスポンジ
・Shu Yi et al. Mol Ther Nucleic Acids 2018; 13: 556-567. A Simplified System to Express Circularized Inhibitors of miRNA for Stable and Potent Suppression of miRNA Functions.

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