前回はmicroRNAを標的とした創薬の全体像と、microRNA枯渇に対する創薬について説明しました。
(かなり時間が経ってしまいすみません…)
今回はmicroRNA増加に対する創薬について説明します。
microRNAに対するアンチセンス、microRNAスポンジ、microRNAマスキングと幅広く紹介していきます。
(低分子化合物については別回にしたいと思います)
全体像を再度掲載します。
microRNA増加に対する創薬手法①:microRNAに対するアンチセンス
それではまず、microRNAに対するアンチセンスについて、臨床試験まで進んだ薬の候補の例を2つ紹介します。
microRNAに対する核酸医薬としてはじめて臨床試験まで進んだのが、miR-122に対するアンチセンスであるMiravirsenであり、C型肝炎ウイルス(HCV)の治療薬として開発が進められています。
miR-122は肝臓内microRNAの約6割を占めているもので、HCVの複製を促進することが報告されています。 HCVゲノムの5’UTR(非翻訳領域)にmiR-122が結合できる部位が2箇所存在しており、miR-122が結合するとHCV遺伝子が安定化され、HCVの複製が促進されると考えられています。
このmiR-122に対するアンチセンスは、HCVに対する抗ウイルス作用を有することが明らかとなったことから、薬としての開発が進められ、Miravirsenが創出されました。
Miravirsenは第Ⅱ相臨床試験まで進んでいます。
miR-122の配列とMiravirsenの配列を以下に示しました。 Miravirsenは修飾核酸であるLNA とDNAの塩基(デオキシリボヌクレオチド)で作られたアンチセンスです。
※LNAについては以下の記事を参照ください。
核酸医薬 アンチセンスの化学修飾、承認されたRNaseH依存型アンチセンス [★★★]
続いて2つ目は、がんに対する治療薬候補として開発が進んでいるCobomarsen(MRG-106)について紹介します。
前回までの記事において、microRNAを標的としたがんに対する医薬品開発状況(臨床試験に進んだもの)を表で掲載していましたが、CobomarsenはT細胞リンパ腫/菌状息肉症に対する治療薬として開発が進められているmiR-155に対するアンチセンスで、こちらも第Ⅱ相臨床試験まで進んでいます。
CobomarsenもMiravirsenと同様に、修飾核酸であるLNA とDNAの塩基(デオキシリボヌクレオチド)で作られたアンチセンスです。
miR-155の配列とCobomersenの配列を以下に示しました。
補足ですが、microRNAは通常、標的mRNAに対して完全相補に結合するのではなく、部分的に結合しますが、上記2つのアンチセンスはmicroRNAと完全相補となるように設計されています。
また、これらのアンチセンスは前回紹介したmicroRNA mimicと異なり、DDSを用いておらず、注射によって臓器に局所的に投与する薬として開発されています。
(以前紹介したmRNAに対するアンチセンスもDDSを用いていませんが、DNAの塩基であるデオキシヌクレオチドやLNAなどの修飾核酸はRNAに比べて安定性が高いため、DDSを用いずに開発されたと考えられます)
以上がmicroRNAに対するアンチセンスの紹介となります。
microRNA増加に対する創薬手法②:microRNAスポンジ
「アンチセンス」は人工的に合成された核酸であり、細胞外から細胞内に導入するものであるのに対し、「microRNAスポンジ」はmicroRNAに結合するRNAを、遺伝子組み換え技術により細胞内で発現させるものとなります。
遺伝子組み換え技術について、これまでの記事で取り上げておりませんでしたので簡単に説明しておきます。
特定の遺伝子を発現させるための道具であるベクターと呼ばれるDNAに、発現させたい目的のRNAやタンパク質に対応する遺伝子(DNA)を組み込んで細胞に導入すると、目的のRNAやタンパク質が細胞内で産生されます。
ベクターには様々なものがありますが、中でもプラスミドと呼ばれる環状のDNAがよく使われます。
プラスミドは元々細菌が持つ環状のDNAであり、加工がしやすく(発現させたい遺伝子を導入しやすい)、細胞に導入しやすいことから、RNAやタンパク質を発現させるツールとして幅広く使用されています。
プラスミドには、プロモーターと呼ばれる領域とターミネーターと呼ばれる領域が存在します。
プロモーターには転写開始点があり、ターミネーターには転写が終了となる終始コドンがあります。
この間の領域(マルチクローニングサイトと呼ばれる)に、発現させたいRNAやタンパク質に対応する遺伝子を組み込みます。
なお、転写開始点を含むプロモーターは遺伝子発現の制御を行うための領域であり、RNAの発現に向いているプロモーター、タンパク質の発現に向いているプロモーター、siRNAやmicroRNAなどの小さいRNAの発現に向いているプロモーターなどがあり、用途に応じて使い分けられています。
例えば、タンパク質の発現には大量のmRNAの産生が可能なCMVプロモーター(シトメガロウイルスプロモーター)などが使用され、siRNAやmicroRNAなどの小さいRNAの発現にはRNAポリメラーゼⅢにより転写を行うためのU6プロモーターなどが使用されます。
~参考~
新型コロナウイルスワクチンとして使用されているmRNAワクチン(メッセンジャーRNAワクチン)は、上記のような遺伝子組み換え技術を用いたもので、目的となるmRNAを生体内に導入し、生体内で特定のタンパク質を発現させるタイプのワクチンです。
(注射でタンパク質を入れるのではなく、mRNAを入れるワクチンです)
~参考 ここまで~
ベクター(プラスミド)の説明が長くなりましたが、話を戻しますと、microRNAスポンジは、microRNAに結合する配列を含むRNAを、プラスミドなどのベクターを用いて細胞内で発現させるものとなります。
microRNAスポンジは、標的microRNAに結合する配列を複数有するように設計されることが多いようです。
Ebert MSらによる報告(Ebert MS et al. Nat Methods 2007; 4(9): :721-726)では、microRNAに結合する配列を複数有するmicroRNAスポンジを設計し、その有用性について細胞レベルで検討しています。
(こちらの論文ではmiR-16、miR-18、miR-20、miR-21、miR-30に対するmicroRNAスポンジを設計しています)
microRNAに結合する配列について、本報告ではmicroRNAに対して完全相補配列になるように設計した場合と、microRNAと部分的にミスマッチを生じるように(バルジ構造を形成)設計した場合を比較検討しています。
siRNAの話となりますが、標的のmRNAに対して完全相補となるように設計したsiRNAは、RISCに取り込まれた後、AGO2によって切断されるという機構がありました。
本文献の著者は、標的microRNAと完全相補となるmicoRNAスポンジは、標的microRNAに結合して2本鎖を形成することにより、siRNAのようにRISCに取り込まれてAGO2によって切断されることで効果が減弱するのではないかと考察し、完全相補配列を有するmicroRNAスポンジと、バルジ構造を形成するmicroRNAスポンジについて、標的microRNAに対する阻害効果を比較検討しました。
その結果、microRNAに対するmicroRNAスポンジの阻害効果は、完全相補配列とした場合よりも、バルジ構造を形成する配列の方が高くなることが、細胞レベルの実験で示されました。
(完全相補配列を有するmicroRNAスポンジの一部はAGO2により切断されるが、バルジ構造を形成するmicroRNAスポンジはAGO2によって切断されないことから、バルジ構造を形成するmicroRNAスポンジの方が阻害効果が高くなると想定)
次に、著者らはmicroRNAファミリーに対するmicroRNAスポンジの阻害効果を検討しています。
標的microRNAに対して完全相補配列としたmicroRNAスポンジと、バルジ構造を形成する配列としたmicroRNAスポンジでは、標的microRNAとの結合力自体は完全相補配列とした方が強く、バルジ構造を形成する配列とした方が弱くなると想定されます。
(阻害効果ということではなく、単純に結合力を考えた場合です)
microRNAには配列が類似したファミリーがあり、例えばmiR-30には、miR-30a、miR-30b、miR-30c、miR-30d、miR-30eがあります。
microRNAファミリーは、特にシード領域と呼ばれるmRNAへの結合に関与する部位が類似しており、ファミリー間で標的mRNAが類似しており、類似した生物学的プロセスに関与するとされています。
miR-30ファミリーは、細胞増殖、アポトーシス、細胞分化などに関与する標的遺伝子を調節することが知られています。
それで、例えばmiR-30eに対するmicroRNAスポンジを作ったとき、完全相補配列とした場合はmiR-30eに対する結合力が強いために、他のmiR-30ファミリー(miR-30a、miR-30b、miR-30c、miR-30d)にはほとんど作用しませんが、バルジ構造を形成する配列とした場合は、miR-30eに対する結合力がやや弱くなるため、他のmiR-30ファミリー(miR-30a、miR-30b、miR-30c、miR-30d)にも作用できる可能性があります。
実際本論文では、miR-30eに対するmicroRNAスポンジについて、バルジ構造を形成する配列とした場合にはmiR-30cにも作用することを示しています。
microRNAファミリーの複数のmicroRNAが疾患の進行に寄与している場合では、ファミリー全体を抑制することで相乗効果を見込める可能性もあると考えられ、このような場合にはバルジ構造を有する配列を持ったmicroRNAスポンジが有用となることが考えられます。
以上、少し長くなりましたが、microRNAスポンジについて紹介しました。
microRNA増加に対する創薬手法③:microRNAマスキング
最後にmicroRNAマスキングについて説明します。
(こちらは概念のみ紹介します)
microRNAに対するアンチセンスやmicroRNAスポンジはmicroRNAに結合することで、microRNAのmRNAのへの作用を抑制するものでしたが、microRNAマスキングはmicroRNAではなくmRNAに結合するものとなります。
標的mRNA上のmicroRNAが結合する部位に相補的に結合するように、一方鎖RNA(LNAなどの修飾核酸含む)を設計したものです。
microRNAマスキングの実際について興味がある方は、以下の論文を参考ください。
・Menon A et al. Int J Mol Sci 2022; 23: 11502(Review)
・Murakami K et al. Biomed Rep 2014; 2(4): 509-512
以上、簡単にですが、microRNAマスキングの紹介となります。
今回はmicroRNA増加に対する創薬について、microRNAに対するアンチセンス、microRNAスポンジ、microRNAマスキングと広範囲にわたって紹介しました。
次回も引き続き、microRNA増加に対する創薬について紹介する予定ですが、紹介内容は検討しているところとなります。
このところ、本業が非常にハードでして、なかなか記事を書く時間がなく、また時間がかかりそうですが、牛歩でも進めていきたいとは思っていますので、よろしくお願いいたします。
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