★疾患と薬/薬の開発

パックマンを阻害する薬をみつける [★~★★]

投稿日:2018年9月9日 更新日:

今回はどうやって薬をみつけていくか?という話をしていきます。
タンパク質がパックマン(酵素)であれば、比較的小さな構造の薬(低分子医薬品)によりタンパク質の機能を阻害することができますので、パックマンを阻害する薬をどのようにみつけていくか?ということに焦点を絞りお話します。

<方法1> 片っ端から試験管レベルの実験で試す
まず一番てっとり早いのが、色んな低分子の物質(低分子化合物という)を集めてきて、片っ端から試験管レベルの実験でパックマンを阻害するかを試していく方法です。

試験管レベルでの実験の話は以前「DNA分解酵素(DNase)」と「ヘリカーゼ」と「ポリメラーゼ」を例にとり説明しましたね。
忘れている方やはじめての方は以下参照ください。

試験管レベルの実験で薬になりそうなものを見つける [★~★★]
試験管レベルの実験で薬になりそうなものを見つける-② [★~★★]
試験管レベルの実験で薬になりそうなものを見つける-③ [★~★★]

多数の物質を一挙に検討できるように、96サンプルまでまとめて評価できる「96ウェルプレート」、384サンプルまでまとめて評価できる「384ウェルプレート」、1536サンプルまでまとめて評価できる「1536ウェルプレート」が販売されています。
(プレートのイメージを知りたい方は、「96ウェルプレート」などで画像検索すると写真がでてきます)

ただ、一つ一つの物質を片っ端から試していく方法ですので、力技での作業となります。

<多数の物質(化合物)はどのように用意するのか?>
それでは、多数の物質(化合物)はどのように集めるものなのでしょうか?
製薬企業であれば、独自に物質(化合物)を多数保持しておりますので、それを用いたりします。
(パックマンを阻害する物質がみつかるかどうかは、各企業の保有する物質に依存します)

また、市販でも用途不明の物質(化合物)が多数販売されていたりします。
例えば、Sigma-Aldrichという試薬会社では、14万点を超える化合物群を販売しています。
(2018年8月時点の情報です)
(化合物群のことを「化合物ライブラリ」と呼びます。色んな構造の物質(化合物)が保持された図書館のようなものということで、「ライブラリ」と呼ばれています)

↓Sigma-Aldrichの化合物ライブラリのサイト
https://www.sigmaaldrich.com/japan/chemistry/chemistry-services/rare-chemical-library.html


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方法2> 構造が似た物質を探す
例えばあるタンパク質(パックマン=酵素)を弱いながらも阻害する物質がみつかっていたとします。もしくはある程度強く阻害するものの毒性が強いがために薬にはなりそうもない物質がみつかっていたとします。
(独自にみつけられている場合もあれば、論文として物質の情報が公開されている場合もあります)
その場合、その物質と構造が似たものを探していくことで、より強い阻害能をもつ物質や、毒性が弱い物質をみつけることができる可能性があります。

なぜかというと、弱いながらもパックマンを阻害する物質は、パックマンのポケット(口の部分)に弱く結合している可能性があります。
よって、その物質に似た物質を探していくことで、そのポケットにより深く入り込み、より強固に結合できる物質を探しあてることができる可能性があります。

それでは、構造が類似した物質を探すにはどうしたらよいのでしょうか?
構造の類似性をスコア化するという方法があります。
例を下に示しましたが、一番左上の物質に類似しているかどうかをスコア化したものとなります。
(覚えなくてよいですが、Atom Pairsという方法を使いました。方法はいくつかあり、使用する方法によってスコアは若干変わってきます。何をもって似ているかという定義が異なっているためです。Atom Pairsなどの方法の詳細ついては機会があればまたとりあげるかもしれませんが、未定です)

構造が似ているもののスコアが高くなっていることが見た目で何となく分かりますね。

薬の探索においては、大規模な化合物ライブラリ(例えば10万種類や100万種類といった膨大な数の物質)を用い、類似性のスコアを計算します。
スコアで順位付けし、例えば類似性の高い上位100個のみを選んで試験管レベルの実験で検討すれば、全ての化合物を実験で試すよりも短時間で検討できます。
(ただし、類似性にかかわらずパックマンを阻害する物質も化合物ライブラリに含まれる可能性があるため、見逃す可能性もあります)

<方法3> 3次元構造を元に似た物質を探す
先ほどの<方法2>では2次元の形を元に類似性を評価しました。
しかしこれだと、すごく似たようなものしかみつからなかったり、基準とした物質の毒性が高い場合には類似した物質の毒性も高かったり、もしくは2次元構造の特許を製薬会社や研究施設などで取得されており使用できない場合もあります。

一方で、2次元構造が似ていなくても、3次元構造(3次元の形)が似ていれば、パックマンのポケットにすっぽり収まり、強く結合するものがみつかるかもしれません。

ということで、3次元で物質の類似性を評価するという方法が考案されています。
こちらも例に示しました。

<方法4> パックマンのポケットに対する結合力と、結合したときの構造を予測する
パックマンの構造をもとに、ポケットに強く結合する物質を計算によりみつける、という方法もあります。(ドッキングスタディという方法です)
こちらを用いる前提として、パックマンの構造(結晶構造やNMRで得られた構造)が解析されている必要があります。
(類似したタンパク質の構造があれば、その構造を元に対象となるタンパク質の構造を予測する、という方法もあります)

ある物質がパックマンの口の部分にどのくらいの力で結合するかを計算し、例えばスコアの高い100個の物質を選んで、実際に試験管レベルの実験で試してみる、ということをします。
また、こちらの方法では、物質がどのようにパックマンのポケットに結合するかが予測できますので、結合の仕方を1つ1つみていき、よさそうなものを選ぶことができます。

ただし、こちらの方法は確立された技術ではないため、予測が外れることもあります。
(こちらの方法には様々な課題があり、単に計算するだけではうまくいかないことも多くあります。例えばタンパク質は体液中などで継時的にゆらいでいて動きがありますが、結晶構造は写真のように時系列の中での1点の構造のため、継時的なゆらぎを取り入れられない問題や、体液中の環境を再現できなかったりします。また、行う方の技量にもより、例えばパックマンのポケットとの結合の仕方を観察して、よさそうなものを選出する技術(目)も必要になるかと思います)

以上4つの方法を紹介しましたが、いずれも化合物ライブラリがあることを前提に、その中から探していくという方法となります。

新たな物質を新規に合成していくということはやらないのか?という疑問については、もちろん新規に合成していきます。

ただ、パックマンを阻害する物質をみつけるはじめの時点ではまだ行わず、既に保有している物質の中から、ある程度パックマンを阻害する物質を見つけ、その後に行われることが多いかと思います。(あたりをつけておく、ということです)

ある程度パックマンを阻害する物質がみつかったら、構造を少しずつ変えてさらに強く阻害する最適な構造の物質をみつけていくことになります。その時点で色んな物質が合成されて試されるかと思います。
(製薬企業にいるわけではないので、ちょっと違うかもしれませんが、そんなイメージかと思います)

なお、化合物ライブラリのような既存の物質からあたりを探す方法を「ドラッグ スクリーニング(Drug Screening)」といい、新規の物質を新たに作り出していくことを「ドラッグデザイン(Drug Design)」と言います。

方法4のように、タンパク質の構造をベースにスクリーニングする方法を「Structure Based Drug Screening」、タンパク質の構造をベースに全く新しい新規の物質を作り出していく方法を「Structure Based Drug Design」といいます。Structure Based Drug Designでは、タンパク質の構造のポケットに対して、強固に結合する形を独自に組み立てていきます。そして組み立てた物質を合成し、パックマンを阻害するか否かを確かめます。

今回は薬になりそうなものを具体的に見つける、またはデザインする、という話をしました。
創薬研究の中心とも言える部分ですが、創薬のステップは非常に長く、臨床試験が成功して市販されるまでには、遠い遠い道のりです。
次回は薬の開発の流れ(今回の薬をみつける段階~臨床試験のような流れ)についてお話します。

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